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ひた走る 間に己を知り ひた走る

20160928 ranbu 個展

 

急に空気が乾燥しだして、保湿をおろそかにしていた肌がついていかない季節―

夜長な秋。

 

何度もそんな秋を過ごしてきて、そういえばこの季節には特有の愁いに襲われるのだと思い出して、わかっているはずなのに、それはいつも忘れていたころにふいにやってくる。

 

 

忙しなく日々を過ごしているはずなのに、どういうわけか過去という過去が頭の中を流れていく。

景色、匂い、その時代に耳にしていた音楽。

あの頃は何とも思っていなかった日々がやけに焼き付いていて、映像と共にいろんなことを思い出す。

目に焼き付いているものがほとんどだけれど、嗅覚はすごい。

夢の中で嗅いだ匂いを、起きてもなお、さらに数年たった今でも覚えていたりする。

道を歩いているだけで、漂ってくる様々な匂いにフラッシュバックすることも多々ある。

ただ悲しいかな、わたしの場合、聴覚にいたってはほぼ皆無だった。

似た音で再生はされるのに、その音に思い出と呼べるようなものは何もついてこなかった。

 

来月で40歳になる。

30代と40代というイメージの違いこそあるけれど、年をとったという感覚は全くない。

 

思えば成長期と呼ばれる若いころから自分の若さを感じずに生きてきてしまったためか、年をとる感覚もなかったけれど、体力や記憶力などの衰えをせめて最小限に抑えていこうと思い始めたのはここ数年。

そんなことするにはまだ若いよと言われても、早い段階で気づいて実践しているからといってなんら問題はないだろう。

 

 

若いころは、エネルギーと体力と精神がバラバラで全てが何にも納まらず、起こっている目の前のことも処理しきれず、今思えば何をそんなに苦悶していたんだろうかと思うけれど、とにかく狭い箱の中でのたうちまわっていたような記憶がある。

空(くう)を歩き、空を掴む、ずっとそんな感覚。

 

 

わたしが自分の人生を歩いていると実感するようになったのは、恥ずかしながらつい最近のこと。

2度目の自我の目覚めといっても過言ではない気がする。

それまでは、自分自身に責任を持たず、流れに任せて生きてきたように思う。

流れに任せたようで、途中で中途半端に自分自身に目覚める。

外見と反して、わたしは頑固であったし、手に負えない人間だった。

どうでもいいわけではないけれどどうにかなるという気でいたり、どうにでもなればいいと思っていたような気もする。

だから、築きあげたものさえも簡単に放棄していた。

自分がどうしたいのか、どうなりたいのか、どう生きたいのか。

自分のことなのに何も掴めず、漠然としていて、自分のこともどうでもよくなり、だから近しい人たちをも傷付けてしまった。

 

そして3年ほど前、再出発をした。

どうしようもなく闇が深くなっていき、このままではめちゃくちゃになってしまうのではないかという不安から、そのときようやく解放されたのだった。

それからはアルバイトなりにただただ働き、たまにデザインをし、一生懸命生活をした。

その中で、家族の助け、友人の言葉、それらに心強さを覚え、自分とはなんぞやと、はじめて気づいた気がする。

再出発をするきっかけになったその経験というのは、結局は自分の考えの甘さが引き起こしたものだけれど、その経験がなければ、今でもわたしは空を掴んでいる感覚で生きているのではないかと思う。

 

 

今でも、何かを掴んでいる感覚があるのかと言ったら、そうでもない。

今が、あのときからの最善の結果なのかどうかもわからない。

けれど、選択したことに正解も不正解もないと思う。

わたしが経験した受け入れがたい現実=間違っていた・失敗した自分、のように思って、ダメな人間なんだと自分を責めて落ち込むこと多かったけれど、それさえも不正解なわけではなく意味のある経験ととらえて、どれもこれも自分を形成する部品の1つだと思うと、楽になる以上に、前に進めるようになった。

ただ、楽になったからといってもそういう壁のような扉のようなものはいつでもはだかるのだけれど。

そして毎回、いつまでこんな状態なんだろうと思うとやりきれないように思うけれど、必ずいつかは終息する。

必ず、真っ暗闇だった空に白々と陽が昇ってくるのだ。

1度知ることができれば、次に何が起こっても、その夜明けを信じることができるのだと思う。

信じることが大切なのだとも思う。

 

 

若いときには若いなりの悩みがあり、尽きない。

40歳という、世間では折り返し地点と言われる年齢。

体力は確実に衰えていくし、記憶力も、努力なしでは補えなくなってくるけれど、次の段階に入ったという感覚もあり、ある意味すとんと何かに収まったような心地よさもある。

そういえば誰かが、40代に入ると楽だよと言っていた。

30代前半のときには何が楽なのか全くわかっていなかったけれど、ようやくわかったような、今からわかるような感覚になっている。

 

 

いつのまにかこんなにも大人になっていた。

あのとき10代だった、あのとき20代だった、そんな自分がいつのまにかこんなにも。

| 日々 |
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