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中秋の名月

 

 

あわただしく過ぎた8月をふり返る暇さえなく、9月に突入してしまいました。
季節の中で一番華やかで大好きな夏。
日焼け止めとか日傘とか、シャワーシートとか、いろいろ面倒なこともあるけれど、服装も身軽だし、とにかく陽が出ている時間が長くて、夜も外に出てボーっとできるから好きなんです。
写真は、垂水スポーツガーデンの駐車場から撮ったお月さま。
きれいだったから撮ったんだけれど、あとで中秋の名月だったのだと知りました。

この夏は同級生仲間たちと地元で花火をしました。
大の大人だけれど、子供のころに戻ったような感覚。普段気にしている年齢なんて、こんなとき忘れるもんですね。自分でも驚くくらいにはしゃぎました。
まだまだ幼い青春時代、同じクラスになったことのない子や話したこともなかった子でも、同じ校舎であの時代を過ごしていたよねーって。そういう意識が生まれるんですよね。
刻一刻と、人それぞれに刻まれていく時間。
この時間を仲間と共有できることがうれしい。

そして同じ8月、末。
京都の美大時代の仲間が亡くなりました。
翌日にお通夜があることを大学時代の仲間がメッセージで伝えてくれたのだけれど、ちょうど翌日に京都に行く予定にしていたわたし。
このタイミングというのは、もしかしたら彼が導いてくれたのかも知れません。
彼に対しては淡い思い出がいくつもあって、この日は昔一緒に歩いた渡月橋や、家に来たときのことを思い出し、わたしが行けなかった飲み会帰りに先生と2人で家に遊びに来てくれたなーとか、私の家の窓に石を投げて家の下にいるよって教えてくれたなーとか、そんなことを思い出していました。
グループ展をしたとき、2人で昼食を近くの洋食屋さんでとったのだけれど、コーラとナポリタンを頼んだ彼は、「映画で浅野忠信がこれを食べていたから」と言い、その映画が『Helpless』でわたしもその映画が好きであることを伝えたり、そのときわたしが残した白ご飯を平らげてくれたことも、今でも先日のことのように覚えています。
古着が大好きなおしゃれさんでした。バンドを組んでいて、あの頃は串カツ屋さんでバイトをしていたなー。
すごく微妙な距離だったのに、一緒に美術館に行った帰り、阪急そばで食べたサラダ蕎麦も忘れられなくて、今でも阪急そばはおいしい、あのサラダ蕎麦は他ではない、って思っているくらいです。
それから、いつのまにか2児のパパになっていた彼。
fbで繋がっていたけれど、そんなことも、そして病気のことも、何も表さなかった彼。
人を写さない、少し寂しそうに感じる写真ばかりが今でも頭に焼きついています。
わたしに何かが出来るわけでもないけれど、少しでも何かできたらよかったのにと思うのはただただわたしのエゴで、大切な家族のためにときを過ごしていたんだなと思います。
大学時代、憧れでした。
大人になって会えなかったことに悔いは残るけれど、わたしは彼のことをずっと忘れません。
先に行ってしまったけれど、向こうに行ったら懐かしい話ができたらいいなと思うのでした。

去年旅立ってしまった祖母の家は今年売り払ってしまったけれど、バイトに向かう途中で毎日通る歩道橋から、祖母の家の窓から見た景色と近い景色は見ることができます。
夏のあいだ、何かが繁殖して水が抹茶グリーンになっていたときもあったけれど、繁殖していた変なグリーンも台風で吹き飛ばされて、ようやく本来の溜め池に戻ったよう。
すごく四季を感じる溜め池。
また日本庭園に行きたいな。
秋には秋の、冬には冬の植物たち。感じておきたいと思う、37歳最後の月。
| 日々 |
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