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祖母の旅立ち



《1》祖母の旅立ち


祖母が病院で息を引き取って、今日で2週間と3日が経ちました。


朝起きた瞬間から、祖母のいない時代が始まってしまったことを再認識して毎日泣く日々も、1週間が経ったころ、あの日々は一体何だったんだろうと思うほど、いつでも泣くスイッチが入ってしまうような状況からは脱しました。
それなのに今は、生前に祖母と会っていなかった日があったのと同じような感覚で、久しぶりに遊びに行くわ!と連絡を入れればまた会えるような錯覚に陥る瞬間がある、そんな日々を過ごしています。母や、母の長年のつれ合いも、今でもこの辺を歩いてるとおばあちゃんが目の前を歩いてるような錯覚に陥るね、と言って全員が頷くほど、ほんとうに先日まで元気で、壮絶な最期を目にしているにもかかわらず、それでもそんな風に感じて「早かった。ほんとうに早かった。」と言うばかりです。


80歳にもなればいろんな病気も出てきて当たり前で、それを寿命だと捉えればそうなんだと思います。
ただ、先月のはじめまで、胃が痛いと言いながらもいつもとそう変わらず元気で、シャンソンを習ったり発表会のドレスを買ったり、ショッピングをしたり、友だちとカラオケを楽しんだり、大好きでたまらないと言う彼氏もいたりして、いい意味でも悪い意味でも乙女で、いつまでも華やかで若々しい祖母だったのです。わたしの一番下のいとこがテレビでデヴィ夫人を見ると「ばあば」と言っていたくらい、その形容はまんざら嘘でもないものでした。
それが病気が発覚して入院するまでの祖母の姿で、寿命と言うにはあまりにも最期のときとのその差が大きかったです。

長くなりますが、覚えている限りのことを4つに分割して文章を載せていきます。


写真は、祖母が息を引き取ってから1時間くらいの空。病院の駐車場にて。
 

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