寝付いてからほどなくして目が覚めてしまった日。

3時半だった。

時計を見ずにうつらうつらしていると、どこかの部屋から室外機の音が聞こえだす。

誰かの朝のはじまり。

そのうち、テレビかラジオか、賑やからしい音がかすかに聴こえてくる。

小鳥たちがさえずりだす。

朝が始まった。

今は何時なのだろう、もうすぐアラームが鳴るころだろうか。

そんなことを考えていると、目が覚めてしまうのだった。

5分起き、5分寝るような時間をいくつか過ごし、いつものように奇妙な夢をまた見るのだ。

 

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2016年もあと少し

2016 Kyoto

 

少し前に2016年のお正月を迎えた気がするのに、いつのまにかその2016年も終わりが近づいています。

 

振り返れば毎年目まぐるしく変化があって、ここ数年の変化というのは自分の今後にマイナスのものを残さない・マイナスにしないための能動的な動きなのだけれど、途中経過はいろいろなので紆余曲折。

でも、あせらず着実な一歩を歩んでいきたいから、小石に毛躓くときだってあるだろうけれど、あらま?とその小石を確認したらまた前を向いて進むのみ!

 

 

 

2016年の最終月は、とにかく働く1カ月でした(正しくは進行形)。

2014年の1月から3年間働いた旧バイト先には、年内まで週1で入り、週5ほど新バイト先で働いているので、今月は勤務25日、お休み6日という具合に。

家には寝に帰っているようなもの、という日も少なくないけれど、こういう働き方も今年いっぱいまでとわかっているので働けます。

来年には新バイトに集中できるし、お休みは今より確保できるし、進めていきたいこともいくつかあります。

粘土作品も頭の中では構想があって、それを早く形にしたいなと思いつつ、それは優先順位の最後辺りだから、まだまだだろうなぁ…

 

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ひた走る 間に己を知り ひた走る

20160928 ranbu 個展

 

急に空気が乾燥しだして、保湿をおろそかにしていた肌がついていかない季節―

夜長な秋。

 

何度もそんな秋を過ごしてきて、そういえばこの季節には特有の愁いに襲われるのだと思い出して、わかっているはずなのに、それはいつも忘れていたころにふいにやってくる。

 

 

忙しなく日々を過ごしているはずなのに、どういうわけか過去という過去が頭の中を流れていく。

景色、匂い、その時代に耳にしていた音楽。

あの頃は何とも思っていなかった日々がやけに焼き付いていて、映像と共にいろんなことを思い出す。

目に焼き付いているものがほとんどだけれど、嗅覚はすごい。

夢の中で嗅いだ匂いを、起きてもなお、さらに数年たった今でも覚えていたりする。

道を歩いているだけで、漂ってくる様々な匂いにフラッシュバックすることも多々ある。

ただ悲しいかな、わたしの場合、聴覚にいたってはほぼ皆無だった。

似た音で再生はされるのに、その音に思い出と呼べるようなものは何もついてこなかった。

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2015年の締めくくり

2015 クリスマス

早送りとスローモーションの繰り返し。

2015年はそんな1年でした。
毎年毎年、1年がほんとに早く感じるようになっているけれど、2015年の速さは倍速以上。
それはほんとうに、走馬灯を地で行くといった感じでした。
きっと、忘れていいことは早送り。
そしてスローモーションは、自分の操作ではなく、脳の奥の方が遠隔操作しているものなんじゃないかなと思います。
それは多分、今後を生きていく上で必要なものが取捨選択されて、その記憶の映像がスロー再生されるのだと、そんな気がします。
ここは早送りせずに直視しなさいって。
そこで何を感じていたのかを思い出しなさい、って。
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half a year

      

この文章を覚えてくれている人は皆無に等しいと思うのですが。
今年また、この文章を書くキッカケとなった企画展『真夜中のサーカス』に参加させていただけることになりました。

ありがたいことに、その前にはCDジャケットのデザインが待ち構えています。
人の想いを凝縮すること。
誰かの生活を想像し、そして慈しむこと。

全てわたしに与えられた表現の場。
楽しみつつ頑張ります☆


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